2015年2月7日土曜日

秩父城攻め合宿② 横瀬根古谷城


さて、秩父城攻め合宿1日目。午前中に熊倉城の雪中行軍をした後は、午後から参加の奥月さんと合流してさらにパワーアップ!

お次は横瀬根古谷城、行きます!






横瀬根古谷城は谷を囲む山に御殿跡、水の手郭、山頂郭が配されていて、サイガ師匠いわく「関東のプチ小谷城?」

駐車場は見当たらないので、秩父札所第8番西善寺(このお寺については別ブログに記事を書いています。お寺の紋が北条三鱗!)の駐車場に車を停めて、5分ほど歩きます。

さすがにこのあたりはそれほど山奥でもないせいか、ほとんど雪はナシ!

城址の入り口からは遊歩道が整備されていて、ところどころに案内板も設置されている・・・なのに、どういうわけか遊歩道から迷いはずれて、「遊歩道はどこ~?」と言いながら横目に竪堀を見ながら脇の斜面を登っているという(^^;)





それでもまもなく、なんとか遊歩道に戻って、右手に腰郭を見下ろしながら土橋様の道をまっすぐ登っていくと、真正面を低めの土塁がふさいでいます。

この土塁の上の「天然のアーチをくぐるといいものが見れるよ~♪」と西股先生やサイガ師匠がおっしゃるので意気揚々と駆け上っていくと・・・




真正面、下に向って竪堀が落ちてますから~!!

そして否応なく右に向きますと・・・真正面の櫓台から撃ち抜かれます~(ToT)





実はここが御殿跡の虎口になっています。

郭から外に出てすぐに横に折れさせるタイプで、比企にある四津山城(高見城)にも同じようなタイプの虎口が見受けられます。




御殿跡の郭内は広い平坦地が段々になって奥に続いています。

横瀬根古谷城は、正丸峠越えの秩父往還と妻坂峠越えの鎌倉古道の押さえとして、北条氏邦家臣の朝見伊賀守が在城して守りを固めていたとも言われているので、その屋敷がここにあったとすれば、この広さもアリですかね~☆

とは思うものの、低い土塁が西側の縁にうっすら続いているだけで、全体的に単調な感じがしますね・・・





ですが、なんといっても御殿跡の見どころは、郭の西側にかなりの高低差でずっと伸びている、いかにも後北条ちっくな横堀!




そして、この横堀の土塁上を通って御殿跡にあがる虎口。

実は腰郭様に回っている御殿郭の段に一部出っ張りがあって、そこから横堀~虎口にしっかりと横矢がかかるようになっているのですが・・・う~ん、ココロの目で見てください(^o^;)




さて、御殿跡を堪能した次は、神々しい大岩を見ながら谷を渡って水の手郭へ。






水の手郭(東郭?)多少段のある平坦地の先に、写真には撮れませんでしたが、一部地元の水道ポンプ小屋?で削られているけどうっすらと土塁が残っている横堀があります。

そして、その削平地のすぐ脇に、おそらく人工的に斜面を広く掘って造ったと思われる広い「谷」と、この写真だと見えにくいですが、写真の足元から谷をふさぐように土塁が伸びています。




もしかしたら、ダムとして使っていたのかもしれません・・・が谷筋ではないので、水がそんなに貯まったとも思いにくく・・・

サイガ師匠も「ぬかるみを作って防御にしていたのかな・・・?」でした。


さて、水の手郭を通り越して、東にしばらく続く削平地の先から山頂郭に回れるように整備された遊歩道は、登る前に見上げただけで萎えてしまうような、トンデモナイ直登ルートです。

絶対これは正規の登城ルートではなく、遊歩道用に新たに作られた道だ~☆





そして、上の写真は尾根の一番高いところに細長く続く「山頂郭」に、一段下がった腰郭から入るような虎口です。

・・・が、遊歩道のメインストリートとなっている山頂郭からはずれているために、藪やぶで形状がよくわかりません。




西股先生が以前登城したときには、水の手郭からまっすぐこの虎口に至る道があったようなのですが、どこにあったのか微塵も判別できませんでした・・・

この虎口あたりは割合に緩斜面なので、山頂郭からは横展開を防ぐための竪堀も、竪堀に向って横矢がけをする二段の郭もあるのですが、藪やぶで写真ではやっぱりよくわかりません☆






ご多分にもれず、竪堀には間伐材が投げ込まれていて、それで竪堀の存在と方向がわかるという、なんとも「山城あるある」な状況www

遊歩道のあたりはとってもきれいなハイキングコースに整備されてるんですけどね・・・(^^;)






その「ハイキングコース」をたどっていった先の、山頂郭からいよいよ山頂の本郭に入る直前にある堀切にかかる土橋。

本郭側から外側の山頂郭側に振り返ってみると、西股先生が「へっぽこ馬出し」と呼ぶ、土橋の向こう側の岩のあるあたりの小さな馬出し様の地形が見えます。

馬出しにしてはカワイ過ぎ。その「へっぽこ馬出し」から土橋を渡って、一気に頂上の本郭まで登っていくと・・・





いきなり山頂が半分なくなって崖になって落ちている~!!

実はこの根古谷城のある山は武甲山と同じく石灰石の採掘場になっていて、山頂の半分から先がざっくりと削り取られてしまっているのです。

この山頂の本郭から御殿跡まで下ってくる間にも、うっすらと横堀らしき遺構が残っているので、もしかしたら本郭と御殿跡は続いていてもっと遺構があったのかもしれず、それがごっそりと削られてしまっているのかもしれない・・・とちょっと残念な気もします。

横瀬根古谷城をたっぷり堪能した後、ちょっと中途半端に時間が空いてしまったので、秩父札所第22番童子堂にある永田城へ。





永田城については以前、別の記事にも書いたので割愛するとして・・・

童子堂の名の由来ともなった愛嬌のある仁王像にご挨拶したあと、ぐるっと永田城のかわいい土塁や、城跡のある舌状台地をさくっと遮断している堀切を見て回って、この日の城めぐりは打ち止めとなりました。






1城目の熊倉城行きでの雪中行軍がなければ、もう少し時間が取れたので、根岸城とか古御嶽城あたりを回ろうかと思ってたんですが・・・残念!

で、この日の宿泊場所「武甲温泉別館」に入りまして、温泉でさっぱりした後は夕食時ビールでお疲れ様のかんぱーい!






そして、部屋に戻ると今度は、西武秩父駅で購入した秩父ワインと、奥月さんが小田原から持ってきてくれた「梅ワイン」でかんぱーい!

帰る心配もないので、城めぐり疲れもものともせず、お城談義に花を咲かせながら秩父城攻め合宿1日目の夜は更けてゆくのでした・・・

2日目に続く(^^)/